etudes

第19号(2015.9)

酒井麻依子
現れる他者・消える他者 - ソルボンヌ講義「他者経験」をめぐって
佐野泰之
メルロ=ポンティにおける〈語られた言葉〉の問題
小倉拓也
担われなければならない肉 - 故メルロ=ポンティへの老ドゥルーズの最後の一瞥をめぐって
赤阪 辰太郎
サルトルを読むメルロ=ポンティ - 『文学とは何か』をめぐって
西岡けいこ
「絵画の媒体性」と「まなざしの歴史性」 - 『眼と精神』の構造
合田正人
「肉」と「器官なき身体」
澤田哲生
ほつれと浸食 - 後期メルロ=ポンティの思索のはじまりと展開について
加賀野井 秀一
ゲシュタルト概念の変遷から見るメルロ=ポンティ研究の流れ - 知覚・時空間・言語・記号・肉

第18号(2014.9)

小嶋洋介
鏡の丸い眼 - 『眼と精神』に呈示される〈鏡〉の存在論的パースペクティヴ
山倉裕介
領野は超越論的か
竹谷美佐子
舞踊における運動生成の考察 - 知覚の現象学を手がかりとして
川崎唯史
社会的な生の悲劇 - メルロ=ポンティにおける社会性の問題
河合翔
「障害と身体の現象学」という可能性 - 当事者が語る脳性まひの身体論
廣瀬浩司
次元の開けとしての制度化 - メルロ=ポンティの歴史論
野間俊一
外傷と解離における受動性について
加國尚志
メルロ=ポンティとフロイト - 一九五四‐一九五五年講義「受動性」を中心に
亀井大輔
デリダとメルロ=ポンティにおける制度(化)の問題
Luca VANZAGO
Passivity and Time – On Merleau-Ponty’s Lectures on Passivity

第17号(2013.9)

佐藤愛
無意識における明るさの問題 - E.ミンコフスキーとメルロ=ポンティ
柿沼美穂
認知バイアスと身体図式 - 人間の認知と身体の関係についての試論
玉地雅浩
半側空間無視の人はパースペクティブを失うことは出来るのか - メルロ=ポンティの眼差しから考える
澤田哲生
メルロ=ポンティと反遠近法の現象学
國領佳樹
有意味性の現象学 - メルロ=ポンティとレヴィナスの対立点
小手川正次郎
レヴィナスの「知覚の現象学」 - 『全体性と無限』におけるメルロ=ポンティとの対話
佐藤義之
「肉」に「外」はあるか
村瀬鋼
メルロ=ポンティとレヴィナス - 身体を考える二つの仕方
Michael Gillan Peckitt
My Body is a Prison : Investigating Disability in Philosophy with Maurice Merleau-Ponty and Emmanuel Levinas

第16号(2012.9)

山下尚一
持続のリズムと歴史のリズム - ベルクソン、ペギー、メルロ=ポンティの時間論
重野豊隆
「プラセボ反応」についてのひとつの現象学的考察
西村ユミ
時間経験と看護実践の編成 - 新人看護士の実践に注目して
稲原美苗
痛みの現象学 - 身体化された語り
守田美奈子
看取りのケアと間身体性
廣瀬浩司
実存・無意識・制度 - メルロ=ポンティの正夢論の意義
本郷均
メルロ=ポンティと二分法

第15号(2011.9)

岩崎陽子
交換の伝播 - 美的感性論拡張の可能性
小嶋洋介
鏡と渦動 - 《自然の存在学のために》メルロ=ポンティとレオナルド・ダ・ヴィンチ
八幡恵一
意味と歴史 - メルロ=ポンティにおける二つの歴史性
國領佳樹
メルロ=ポンティにおける注意の現象学
大野一道
ミシュレの革命観 - メルロ=ポンティによる引用から考える
安永愛
ヴァレリーとレオナルド・ダ・ヴィンチ
エマニュエル・ドゥ・サントベール
(北村晋訳)
「肉は鏡の現象である」、誤解されている命題の出処と意味

第14号(2010.9)

福士侑生
フェミニズム教育学にむけた身体性 - Gail Weissの身体的命法について
河合大介
メルロ=ポンティとミニマル・アートの理論
澤田哲生
政治の病理学 - メルロ=ポンティによるサルトル情緒理論の受容をめぐって
山倉祐介
メルロ=ポンティにおける言葉の創造性
谷口純子
アディクションと社会
齋藤瞳
自然としての身体、文化としての身体
宮原優
見られるということ - 女性の身体から考える「見られ」の問題

第13号(2009.10)

澤田哲生
メルロ=ポンティとゲルプ・ゴルトシュタイン - 病理的現象の記述に関する方法的考察
齋藤瞳
メルロ=ポンティにおける知覚経験と論理、形式化
柿沼美穂
生産と受容の立場を超えて - メルロ=ポンティの芸術論がもつ可能性について
國領佳樹
メルロ=ポンティにおける共通感覚 - 再認モデルに抗して
山下通
メルロ=ポンティにおける音響世界の意味
本郷均
作品/問題の場
椎名亮輔
メルロ=ポンティと音楽美学
貫成人
ダンスをみる〈眼〉

第12号(2007.12)

川瀬雅也
自然と文化 - メルロ=ポンティとベルクソン
村山達哉
創造するのとは別の仕方で、あるいは意味の彼方に - ベルクソンとメルロ=ポンティにおける歴史哲学
西岡けいこ
奥行きに開かれた歴史的身体 - ソルボンヌ教育学講義を起点にメルロ=ポンティを再読する展望のなかで
落合芳
幼少期・身体・環境 - イディス・コップとメルロ=ポンティ現象学
澤田哲生
身体図式と断片的な身体 - エレメントの現象学のための一試論
八幡恵一
次元化について

第11号(2007.9)

大滝結
無意識の位相
原和之
「枠」の効果 - ラカンにおける1960年代の視覚装置
加賀野井秀一
現象学の極限にあるメルロ=ポンティとデリダ
加國尚志
彼に触れないこと、メルロ=ポンティ -デリダのメルロ=ポンティ読解をめぐって
高橋綾
幼児の身体知覚 - 身体像と間身体性
榊原達哉
屋良朝彦『メルロ=ポンティとレヴィナス - 他者への覚醒』を読む

第10号(2006.7)

河本英夫
身体論の課題
檜垣立哉
ドゥルーズとメルロ=ポンティ - 潜在性の存在論と自然の哲学
川瀬智之
メルロ=ポンティにおける「表現」と「歴史」の思想 - サルトル『文学とは何か』への応答としてのその展開
山下尚一
メルロ=ポンティとブルレにおける時間性の問題

第9号(2005.7)

北村晋
〈非反省的なもの〉という陥穽
野村直正
実質的現象学と現象学の諸前提 - 見ることは何を学び直すのか
山形頼洋
肉と芸術 - メルロ=ポンティとアンリの場合
杉本隆久
両義性の両義性 - メルロ=ポンティにおける根源としての〈曖昧さ〉
岩崎陽子
メルロ=ポンティの芸術論の可能性 - 現代美術の視点から
福田肇
メルロ=ポンティにおけるコギトと自己意識の問題

第7・8合併号(2003.1)

亀井大輔
デリダのメルロ=ポンティ批判 - 『幾何学の起源・序説』における
井原健一郎
問いの問い - メルロ=ポンティの「哲学的問いかけ」について
村上靖彦
メルロ=ポンティと<ファンタジーにおける生きる身体>
小須田健
物は射影しない
実川敏夫
<真理>の彼岸
中村雅之
意味の間主観的構成

第6号(2001.3)

高木倫子
絵画におけるスタイル
柿沼美穂
人間の「動作」の語るもの - ラバンの舞踊理論とメルロ=ポンティの身体図式の関連について
長滝祥司
創発する実在、身体化された実在論 - ギブソン、認知意味論、メルロ=ポンティ
能川元一
認知主体の身体化 - Enaction 理論とメルロ=ポンティ
河野哲也
ギブソンとメルロ=ポンティ

第5号(1999.12)

阿部文彦
決裂のはじまり - サルトルとメルロ=ポンティ
谷口佳津宏
メルロ=ポンティのサルトル批判 - 『知覚の現象学』を中心として
本郷均
メルロ=ポンティとサルトルの言語観について
伊藤泰雄
「隔たり」と「可逆性」 
大滝結
間と構造
榊原達哉
時間と身体 - メルロ=ポンティとレヴィナス
Ronald BONAN
Ver une esquisse d’une stylistique des rapports humains

第4号(1998.9)

長滝祥司
知覚と言語が交わるところ
田辺秋守
問いかけの思考から応答の思考へ - ヴァルデンフェルスのメルロ=ポンティ論
廣瀬浩司
自然と制度
加國尚志
偶然に揺れ動く目的論 - カント『判断力批判』の解釈をめぐって
フランソワ・エドシエック
(大滝結訳)
プラディーヌとメルロ=ポンティ - 邂逅と論争せざる哲学者たち

Francois HEIDSIECK
Pradine et Merleau-Ponty – La rencontre des hommes et le non-debat des philosohies –

第3号(1997.9)

小川昌宏
『知覚の現象学』における「奥行」と「世界」
竹内幸哉
客観的思考と現象学態度
川瀬雅也
習慣・時間・表現 - メルロ=ポンティにおける習慣の問題をめぐって
西岡けいこ
メルロ=ポンティの教育学の発想 - ソルボンヌ講義の意義

第2号(1996.9)

河野哲也
「作用なき指向性」と意味の発生
勝賀瀬恵子
メルロ=ポンティにおける感覚の統一性と多様性
嶋谷洋
「現象」から観たメルロ=ポンティ - 知覚の現象学を中心に
東昌紀
身体図式とメルロ=ポンティのコーギトー - 声の存在論的意味の射程
ヴェロニック・M・フォティ
(訳:沼田千恵)
拘束された超越と見えないもの - メルロ=ポンティの絵画哲学

Veronique M. Foti
Bound Transcendence And The Invisible : On Merleau-Ponty’s Philosophy of Painting.

創刊号(1995.9)

伊藤泰雄
奥行と無限 - メルロ=ポンティとマルブランシュ
大滝結
無意識とトポス
加國尚志
メルロ=ポンティのハイデガー解釈 - 一九五八~五九年講義における
廣瀬浩司
まなざしの到来と自然のシンボリズム - 制度の現象学と肉の存在論
アンナ=テレザ・ティミニエッカ
(村瀬鋼訳)
世界なのか、生なのか - メルロ=ポンティ後期思想における意味の設立に関する優位性をめぐっての若干の批判的考察

Anna-Teresa Tymieniecka Le monde ou bien la vie? – Quelques remarques critiques au sujet de la priorite dans l’institution du sens dans la derniere pensee de M.Merleau-Ponty.

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